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プロバンスの風に吹かれて 

プロバンスの風に吹かれて


パリの僕の部屋


僕が初めてヨーロッパに降り立ったのは1979年の夏のことだったから、もう27年も前のことになるんだ<なんて本人が一番ピンと来ていない>いつも気持ちはハイティーンだからね。


フランス語はその頃から苦手だったんだ<いまも変わりはないんだけどね>下の写真はパリの僕の部屋。最初は6区の古い建物の屋根裏部屋に住んでいたんだけど、泥棒に入られたんで<新建築>のセキュリティーのいいところに越したんだ。床暖房でセントラルヒーティングの快適な部屋だったなあ。机の上に大きな十字架が置いてあるだろう。これはいまも僕の机の上にあるんだ。裏には<Paque 1946>って書いてある。パリの<蚤の市>の骨董品屋で買ったもので、何かいわくあり気だけど、僕の一番のお守りなんだ<クリスチャンじゃないけどね>。手巻タバコもあるなあ。あのころはタバコ巻き機は使わずに、自分の手で巻いて吸ってたよ。その方がずっと安かったからね。それに、フェリーニの映画「カサノバ」のサントラのアルバム。いまでも時々聞くね。映画にも感動したよ。でも、そのすぐ後の「そして船は行く」の方がよかったけどね。原書も一杯あるね。読むのは何とかなったんだ。でも書くのと喋るのは・・・。やっぱ日本人だねえ。日本から一杯送ってもらった<文庫本>は、ロマン・ロランの「魅せられたる魂」とか「ジャンクリストフ」。ともかく長?い小説が好きだったんだ。壁に貼った<1980年のカレンダー>が眩しいよ。


この部屋はパリ13区<プラスディタリィ>の近くで、メトロのコルビザール駅のすぐ前の道を渡ったところの、コンビニの2階だったんだ。そのコンビニのお姉さんには、よくご飯を奢ってもらったな。いま考えれば、たいしたバイト料もらってなかったろうにねえ。彼女のフランス語には訛りがあったから、きっとスペイン人だったと思うよ。でも、そんなこと聞いたことなかったよ。でも、名前も顔もはっきりと憶えているよ。20才ぐらいだったから、もう50才近いかな。顔も変わってしまったかなあ。スペイン人は若い時はきっと世界一綺麗なんだけど・・・。でも、どこかでめぐり逢ったらきっとわかるよ。今度はご馳走しなくっちゃね。はぁ?。あの頃に帰りたい。


上の<絵>はアルルの古代競技場からの眺めと<プロバンスの風>を楽しむ少女と犬なんだ。僕は語学研修のためにエクス・アン・プロバンスっていう南仏の街<セザンヌの街>に行ってたんだ。で、その街でひと夏を過ごしてからパリに戻ったんだよ。だから南仏の街はあちこち廻ったんだ。<プロバンスの夏>っていうと、こんな風景がすぐに思い浮かんでしまう。別に<カシニョール>を意識したわけじゃないんだけどね。いまもきっとこんな景色が見られるんだろうな?。またあんな時を過ごしたいな?。ディスコで思いっ切り汗を飛ばしながら<一晩中踊りたい>って、この季節になるといつも思うんだよ。


 


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コメント

1946年の復活祭に誰かが買ったものを何故か手放した。それが60年経って日本の僕のアトリエの机の上にある。きっと僕に日本に連れて来て欲しかったんだよ。大切にしているからね。

カシニョールは日本でだけ人気があるっていうけれど、高くなりすぎて・・・。プランタン銀座のスターなので、年に何回も来日展をしているよ。

守って頂けそうな十字架ですね。
<プロバンスの風に吹かれて>と言うこの絵とっても素敵ですね。 
2日前まで近くのデパートでカシニョール、ドートルロー、ギヤマンの絵が来ていました。

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